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知里幸恵略年譜 幸恵と金田一 幸恵のノート アイヌ神謡集とノート

幸恵と金田一


幸恵は1920年3月に職業学校を卒業した。 しかし、気管支カタルを患っていたので働くことも出来ずにいた。 幸恵の語学の才能を早くから見抜いていた金田一京助は、 卒業後、東京に招いて研究の助手を務めてくれるよう幸恵を誘ったが、 病気がちでは無理もきかない。 せめて、祖母や伯母から聞き覚えたユーカラや説話などをローマ字書きで綴って欲しい、 そう言って金田一はノートを添えて依頼した。 幸恵は快諾した。

若いときにローマ字を修得していた伯母が身近にいたが、幸恵はそれを覚えることから始めた。 9月には幸恵は母校・豊栄尋常小学校が 開校10周年を迎えた。校長佐々木長左衛門は、卒業生代表として幸恵に祝辞を依頼する。 佐々木校長も幸恵のよき理解者の一人であった。